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star star star シューケアコラム star star star

このコラムは、「ミスターシューケア」 こと安富好雄さんが、

1984年から1985年にかけて“FOOTWEAR PRESS”誌に

連載されたものを、安富さんの許可をいただいて

転載したものです。


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シュークリーム Let's シューケア <第1回> 

  『靴みがき』…この聞きなれた言葉も、今や何となく風化し始めたように感じます。終戦直後の混乱の中、 浮浪の身となった子供達が、進駐軍などの靴をみがいていた。当時、『東京シューシャイン・ボーイ』という歌がはやり、「オジさんッ、 靴みがかせてくれヨ!」というセリフがあったことを覚えている。それは、せがんで靴をみがこうとする物乞いの姿に近かった、と思う。

<  そして今日の街頭で靴みがきをしているオバさんたち。寒空に頭巾をかぶり、着ぶくれするほどに重ね着 をして座っている姿は、何となくもの悲しい。終戦後のイメージで見るせいでしょうか。

<  10年ほど前、私も一度だけ経験のために、浅草雷門で靴をみがいてもらったことがある。靴クリームで 汚れたシワだらけのオバさんの手は、意外と力強くて、靴を通してその感触が心地よく足に伝わってくる。

<  しかし、その数分間は実に長く感じた。若い自分が腰掛けて、ちょうど自分の母親のような年老いたオバ さんが、背を丸めて、はいつくばるように靴をみがく姿……。“自分は一体、何様か!”そう思い始めたら通りを往き交う人の目が気に なり、逃げるように立ち去ったことがある。街頭靴みがきも、もう新規営業は許可されないとか。そうです、“靴ぐらい自分でみがけ” です。

<  話が脱線しましたが、「靴みがき」は文字通り、みがいて光らせること。ところが、最近ちょっと事情が 変わってきた。素材は革でなくてもよいし、必ずしも光っていなくてもよくなった。それどころかダーティファッションなどというのが 流行し、きれいではいけない、というから大変である。ダーティが流行し始めた頃、私は嫌な時代になったと思った。靴クリームが売れ なくなるのでは、と心配したのです。ところが、そうでもなかった。ダーティ=不潔ではないからです。

<  ともかく、この辺から、急に「靴みがき」という定義が怪しくなってきた。もっと広い意味で「靴の手入 れ=シュー・ケア」のほうがしっくりくる。単にみがくのではなく、素材の味をいかに引き出し、それをキープしてゆくか、というとこ ろに存在意義が出てきたわけです。しかし、われわれの努力不足もあり靴の手入れを意外に知らない人達が多い。手入れ用品がファッシ ョン雑誌などで紹介されると、途端に消費者が動き、問屋・メーカーに靴店からの問い合わせが相次ぐという図式が定着しているのは残 念である。

<  そこで浅学非才の私が、体験的シュー・ケア知識を次回からお話ししてみたいと思います。



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ステインリムーバー Let's シューケア <第2回>
〜皮肉なクリーナーの話〜

<  靴の手入れで、最も重要かつ、やっかいなのは汚れを取る作業である。

<  革靴の汚れには、表面に付着しているアカと、油などが深層部にしみ込んだシミとがある。アカを落とす 方法は沢山あって比較的に楽だが、シミ抜きは難しい。現状では専門家に頼る以外、ほぼお手上げ状態のようです。

<  ところが、困ったことに今、市場に出回っている靴は、アニリン染めカーフとかヌメタイプなどシミ街路 落ちになりやすい革があふれています。このため、靴クリームのメーカーでは機会あるごとに「シミをつくったらおしまい。靴を買っ たら必ず靴クリームや防水剤で予防を!」と呼びかけている。アフターケアは、もう過去のもので、今はビフォアケア(事前の手入れ) の時代というわけです。また、シミ抜きの困難さに対する悲鳴のようにも聞こえます。

<  では、全くそれが不可能かと言えば、そうでもなく“靴先進国”であるヨーロッパには、いろいろな製品 があります。

<  しかし、国内市場で一般化するには、まだ時間が掛かるようです。それは、素材や使い方により、色落ち やシミを逆に広げかねないから。完全主義の日本では、何かあると消費者がこわいので、今後、輸入予定品を含めて、もうしばらく “臨床実験”を重ね、ノウハウを蓄積した上で、ご紹介していくことにしましょう。

<  一方アカ取りの代表格は何と言っても、あのチューブに入った「クリーナー」である。私の好みを言わせ てもらえば、あのアンモニアの“ツン”と鼻をつく匂いと、アカは落ちてもクリーナーがギラギラと表面にへばりついて仕上がりも今 ひとつ、あまり好きではない。にも関わらず、今でもかなり売れています。

<  しかしながら、このアルカリ性クリーナーも、どうやら“風前の灯”となってきました。理由は、最近の デリケートな革には不向きであるから。特に水染めや、アニリン革では、「色を落とさずにアカだけを取り去る」ことは極めて難しい ためです。そこで登場したのが、現在主流になっている中性クリーナー。これは従来よりも色落ちは少ないが、その分だけアカが取れ ない。が、使い易いので、ここ2年ほどの間にクリーナー市場の約7〜8割が中性になってしまいました。ツヤの出方も少なく、アカ の落ちにくい中性クリーナーの方が人気がある、というのは何とも皮肉な話ではありませんか。

<  最後に、ちょっとした裏話。私の知る限りでは、あのチューブ入りクリーナーというのは、どうやら日本 の専売特許のようで(もとは機械油などを落とすハンドクリーナーだった)、ヨーロッパにはないようなのです。向こうに行った時、 あちこち捜しましたが、とうとう発見できず。欧州のシューケア・メーカーのカタログにも、チューブ入りクリーナーはなく、表面の アカ取りはほとんど泡状、もしくは石鹸です。ナニッ、石鹸で……?。 驚くなかれ、これが実に優秀なシロモノです。次回は、「革 靴を洗う」話をしてみましょう。



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サドルソープ Let's シューケア <第3回>
〜革靴を洗う〜

<  「革に水は大敵」……これは嘘である。と言うと、いささかオーバーですが、実際のところ、革には一定 量の水分が必要。こわいのは、むしろ乾燥のほうです。雨に濡れた靴だって、それなりの手入れをすれば大丈夫なのである。

<  さて、前回で触れた“革を洗う”話。「プロパーツ・レザー&サドルソープ」という皮革用石鹸。聞いた ことありますか。これが革靴洗いの秘密兵器です。もちろん、普通の石鹸とはワケが違う。“ワケあり商品”だが使い方は実に簡単だ。 スポンジ(乾くと固くなるセルローススポンジが最適)に少し水を含ませ、柔らかいワックス状の「ソープ」をつけて、革の表面を軽 くこする。汚れのひどいところは、それなりに丁寧に。すると、一面に小さいアワが立つ。それを布でぬぐい取り、乾いたら空拭きを するだけでOKというもの。洗った後に、薄くソープを伸ばしておくと、なお具合がいいようです。水でジャブジャブやらないように。 念のため。

<  このソープ、革の毛穴に入り込んだアカを落とすと同時に、栄養分を与え艶出しまでやってのけるのです。 女性のお化粧で言えば、クレンジングクリームでメイクを落として、いったん素顔に戻し、栄養クリームを塗り込むようなものです。

<  私とレザーソープの出会いは4年前のこと。かねて英国から取り寄せてあったサンプルの一つだった。当 時、私も“水”を使う手入れ用品なんて飛んでもない、としまい込んでいたのを、試してみたのが、扱うきっかけになった。その頃、 ヌメ革がカジュアルシューズの主流になり始めていた。私も仕事ばきに一足はいていた。が“紺屋の白袴”、というのが幸いにも(?) 手入れを怠り表面は白くカサカサで汚れている。それじゃ、と試してみたら、何と見違えるように靴が生き返ったではありませんか。

<  この時から、レザーソープのとりこになった。うれしくて、面白くて会う人にすすめてきた。読者もご推 測の通り、この商品は、もともと馬の靴(サドル)を洗うために開発されたもので、靴以外にも用途は広い。去年の夏、その威力を披 露するチャンスが回ってきた。

<  T百貨店のS部長が電話で言う。「ウチの取引先の彫刻家の家のソファが汚れて困っている。あの石鹸を 思い出したので是非……」。日暮里の坂道を上がりながら、私は次第に不安になってきた。何しろ革張りのソファである。

<  日本風の静かなたたずまいの家だった。私はバケツに水をもらい、彫刻家夫妻、S部長が注視する中、早 速スポンジに水を含ませソープをつける。S部長の心配顔を背中で感じながら、私は汗だくでした。20分ほどやっただろうか。一人 掛けのソファのアイボリーの色が鮮やかに甦る。オーッ、アラ、マァ……と感嘆の声が飛び交う。S部長、突然雄弁になる。「どうで すか。奥さん。……」。鬼の首でも取ったような勢いでしたね。すると奥さん曰く「こんな素晴らしいものがあるのに、どうして店で 売っていないんですか。私たちのように困っている人は、いっぱいいると思いますよ」。これにはギャフン。まったく、そう言われて も仕方なかった。

<  レザーソープの売れ行きについては、明暗がハッキリしている。顧客づくりに熱心な店。トラッドショッ プはよく売る。反対に販売説明のない店はダメである。手入れ用品は。専門店が、らしさを十二分に発揮する絶好の武器なのです。



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Let's シューケア <第4回>
〜塩吹き靴の怪〜

<  「英国製のクリームを使ったら、靴の先が白っぽくなり、ニキビのようなブツブツがいっぱい出来てしま った」。

< ある男性消費者から電話が入った。デパートで高級靴を買った時、クリームの最高品だと言われたものをいっし ょに購入。この靴専用のクリームとして、大事にはいていたというのである。

<  私はびっくりした。この英国製クリームとは「メルトニアン」。シミをつくらない保革剤として、わが国 にも隠れたファンが増えている。“どこで売っているのか“という問い合わせも多い。メルトニアンには絶対の自信を持っていたので す。それなのに“ニキビ”とは……?。

<  さては塩吹きのしわざだナ、と直感した。読者の皆さんもご存知でしょう。靴の原皮はアメリカなどから 船で運んでくるのですが、途中で腐らないよう塩漬けにされています。塩分は製品になっても革の中に残っています。それが、雨や足 の汗をタップリ吸うと塩が吹き出すというわけ。一旦、塩吹きになると、これがなかなか取れない。靴クリームを上から塗ってもダメ。 こんな相談を持ち込まれたら、あなたはどうします?

<  電話の男性にはひと通り説明し、メルトニアンのせいではないことを納得してもらったものの、気になっ て仕方がない。私はその人の勤め先である神田の小さな事務所を訪れた。

<  昼休みでもないのに、机に足を投げ出し、新聞を広げていた50歳くらいの男性――がその人だった。名 刺の肩書きには監査役とある。道理で……。突然の訪問は大変喜ばれ、早速、靴を拝見となる。ナルホド両足とも爪先はニキビがいっ ぱい。ちょっと見たことないくらいの重症です。調べてみたい、という私に対して、監査役氏はおうように「研究材料に差し上げます。 と。

<  持ち帰って、ニキビの実態の研究に取りかかった。“塩吹き”を前提にして。どうやって塩を抜くか。ま ず、片足は前号で紹介したサドルソープで洗ってみる。まずまずの戦果でありました。

<  もう片足はどうしたか。これを私は過激にもバケツの中に突っ込んだのです。そのヒントは、漬物の塩抜 き。30分ほど放置して引き上げてみると、何と半分以上消えている。喜んでさらに30分。水を思い切り吸った靴は重いものです。 しかし、60分の入浴で塩はおろか、ニキビもすっかり消えていた。皮が乾かない前に最終の仕上げ。サドルソープで軽く洗い、キー パーを入れて寝かせる。

<  見違えるようにきれいになった靴を前に、監査役氏は大喜び。いい気分でした。

<  さて、ここで塩吹き対策をまとめておこう。

<(1)まず、汚れがひどくなったらサドルソープで時々洗う。これは予防策。
(2)重症の塩吹きはバケツへ直行。

<  水は決して皮革の天敵ではないということです。恐れずに利用して塩吹き退治を。実際に試してみると細 かいニュアンスもつかめ“当店のノウハウ”になります。



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デリケートクリーム Let's シューケア <第5回>
〜夢のクリーム〜

<  「バッグを磨いてくれとは何事かっ、自分の物は自分で手入れするのが当たり前ではないか! 第一、私 はそんなためにパリから派遣されたのではないっ!」

<  とカンカンに怒っているのは、丸の内・エルメスブティックのフランス人男性。販売員がこんな口をきく ことは、まず無いのがわが日本。さぞかし、お客さんは驚いたことだろう。エルメス販売員の話は筋が通っている。修理のようなアフ ターサービスはやるが、買上げ商品の手入れを要求するのは“自分の顔”を他人に洗ってくれと頼むようなもの。私は、ヨーロッパ人 の個人主義というか、合理性を垣間見た気がした。

<  これが日本の店だったらどうか。何しろ数十万円もするバッグである。ご無理ごもっとも、と上客のもて なしに、これ努めたのではあるまいか。こういう、けじめの無さが訳の分からない返品問題につながったりするのでは ……。

<  さて、話を戻して冒頭のエルメスブティック。今回は手入れの話題です。日本人の習性というか、この種 のお客さんは後を絶たないようです。そこで、同店の女性販売員(美人ぞろいデス)が、勧めているのが「メルトニアン」のデリケー ト・クリームである。エルメスはパリ本社から取り寄せていたのだが、私どもが輸入販売していた関係で取引が始まった。

<  最初の納品の時、例のフランス人は「メルトニアン製品は最高級品。特にデリケート・クリームはいい。 もったいないから、靴などに使うな」と忠告してくれたのでした。気持ちはうれしいが、靴などというのはどうも引っかかりますね。

<  彼がベタほめしている、デリケート・クリームという商品名、お聞きになったことありますか。英国「メ ルトニアン」製のゼリー状中性クリーム。最大の特徴は“起毛革以外の皮革には何でも使用できる”ということ。普通の銀付きはもち ろん、アニリン革、ナッパ革といったデリケートな素材でもシミにならないのです。その他ピッグスキン、ハ虫類、エナメル、合皮ま で広くカバーする。身の回りの革製品からクルマ、家具まで使えるとあって、日本でも指名買いが増えてきた。ここで、特長をまとめ ておくと、
(1)シミを作らずに保革し、ツヤを保つ。
(2)皮革に浸透して湿気、水分から守る。
(3)衣服に付いても汚さな い。
(4)油、溶剤など靴クリーム特有の匂いがない。
(5)サラっとして、ベトつかない。

<  45g入りで上代800円。ついでに紹介しておきたいのが、キャップに描かれている向かい獅子のマー ク。英国王室御用達品として、絶大の信頼を得ているということが、お分かりになるだろう。

<  訪問販売のセールスマンではないが、とにかく一度、皆さんで試用してもらえば、その優れた品質がよく 分かるはず、と申し上げるしかない。その際、キャップの取り扱いにご注意。傾けたまま開けると、クリームが逃げ出します。



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Let's シューケア <第6回>
〜きゅー靴はイヤ〜

<  ラフな服装が当たり前になっている今日、足もとが“きゅー靴”なのは嫌われる。まして“痛い靴”など はきたくないもの。

<  今までは痛くても、それは自分の足が悪いのだ、とあきらめていた人たちが、実は靴のせいであることに、 最近気づき始めた。靴に関する本も「靴を間違えると病気になる」などコワいタイトルまで出て、靴屋さんも気になっているのでは。 「はきやすさ」は顧客づくりの絶対条件になってきました。

<  そこで今回は、フィッティングについて話してみよう。足で悩んでいる人には申しわけないが、足と靴と は合わなくて普通なのです。なぜかって、人間の足は左右違っているのに、靴は左右対称につくられているから。痛い人は、足と靴の 差が大きすぎるからですね。

<  ボツボツ、左右違った靴ばかりを販売する専門店が出現しないものか……。さて、理屈をコネても始まら ない。合わない靴を足に合わせるシューケア用品を紹介したかったのだ。甲革を伸ばすストレッチ剤が脚光を浴びたのは10年ほど前、 ブーツブームのはしりからだ。飛ぶように売れたのが「Wolyストレッチ」(80ml入り、1500円)でした。ブーツブームの頃 は、伸張機で伸ばしながら、これをスプレーしたもの。大変喜ばれた商品だ。

<  ところが、売れたのは業務用で、一般消費者にはサッパリ。なぜでしょう。この答は至って簡単、消費者 はその存在を知らなかったからです。

<  今から2年前の5月。トラッドシューズで有名な、神田の平和堂靴専門店に陳列されていた「Wolyス トレッチ」を、あのホットドッグ・プレス誌が取り上げた途端、平和堂さんにお客が殺到するという事件があった。何と6ダースを 1週間足らずで完売してしまったのだ。これには、私もビックリしました。

<  世の中には、足の痛い人が何と多いのでしょう。それなのに、Wolyの存在はほとんど知られていなか った。それは、靴屋さんが靴を伸ばす時、お客の見えない奥で、こっそりと使っているため。まるで、悪いことでもしているように……。 これはおかしなことではありませんか。

<  スプレーで本当に皮が伸びるのかって? それはなぜかって? これは困った。言いたくないが、言っち ゃおう。原理は簡単、“水”である。革を水で濡らすと、繊維組織がゆるむ。つまりフヤケル。そこでWolyの使い方――靴をはい たまま、当たって痛いところにシューッとやって、革の組織がゆるんだスキに、さっと歩き出す。それだけの話なのである。

<  何だ、じゃあ水を吹きかけても良いのでは、という賢い意見が出てくることでしょう。実はその通り。雨 の日に靴をズブ濡れにした経験がどなたにもあるはず。そういう時は、皮が伸びて足の先が見えるほど飛び出しているでしょ。

<  じゃ、「Wolyストレッチ」は一体、何なのさ。まさか、水を入れて1500円、それはないでしょう。 あくまでも商品である。使いやすさ、シミをつくらない、均一に浸透させる、早く乾くなどといった特徴を閉じ込めた“秘密の水”な のであります。



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Let's シューケア <第7回>
〜バッグの着色クリーム〜

<  ある日、新宿三井ビルのカルティエ・アフター・サービス・センターから電話が入った。本社からの指示 により、Wolyの「ファッション・レザークリーム」を扱いたいとう。と言っても、このクリーム、読者はご存知ないはず。新製品 なのです。

<  修理などアフターサービスでは万全に近い体制をつくっているカルティエでも、ハンドバッグなどの色落 ちやシミについては、ほとんどお手上げの状態だったようだ。本誌1月号でもシミ抜きの難しさはお話ししましたが、カルティエ・ア フターサービス・センターのI氏も「(クリームによる)シミ抜きはどこに頼んでも断られてしまう」と嘆いていた。相手がカルティ エじゃ、下手に引き受けて失敗でもしたら、それこそ大変とばかりに、業者は逃げ腰になってしまう。まさに“さわらぬ神にたたりな し”。情けない話ですが、これが現状なのです。

<  また、消費者のほうでも、ハンドバッグにクリームを塗って手入れする人は少数派だとか。これでは、せ っかくの高級バッグが泣こうというもの。ですが、消費者を一方的に責めるわけにはいかない。専用クリームがなかったのだから。

<  冒頭に紹介した「ファッション・レザークリーム」は、そういう問題を吹き飛ばす画期的な新製品であり ます。聞けば、カルティエとWolyが一年半かかって開発したものという。

<  見かけは何の変哲もないチューブ入りのカラークリームだが、最大の特徴は塗った後、空拭きすれば色が 衣服などに移らないこと。色あせたバッグが色あざやかによみがえる。シミをつくらず、保革もするし、テカテカ光ったり、ベトつい たりしないのだから、これ画期的と呼んでもオーバーではないでしょう。

<  色が移らないんだから、バッグだけでなく、レザーコート、ベルト、ソファとその用途は幅広い。シミに ならないという点では「デリケート・クリーム」と同じ。「ファッション・レザークリーム」は、この特色に着色性と非色落ち性を加 味したというわけです。



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シューツリー Let's シューケア <第8回>
シュー・ツリーの復活〜

<  「シュー・ツリー(Shoe tree)」って知っていますか。ベテランの販売員ならともかく、若い人はあまり聞 き慣れない言葉かもしれない。これは、レッキとした靴の専門用語で、木製の靴のキーパーのこと。「シュー・キーパー」といったら、 ああ、あれかと納得するのでは。ただ、厳密に言えば、シュー・ツリー=シュー・キーパーとは限りません。プラスチック製ではなく、 木製のキーパーをこう呼ぶべきである。

<  そのシュー・ツリーが今、脚光を浴びている。これを買い求めているのは主に革底の本格トラッドやアウト ドアシューズ・ファンのこだわりヤングであります。輸入物のトラッドなんかに、必殺!という感じでいかめしいシュー・ツリーが入っ ている。つまり“本当の本物”宣言なのだ。それにシビれたオーセンティック思考のヤングが欲しがっているわけである。

<  ところで、このシュー・ツリーは小売価格で6000円〜8000円くらいが相場のようですね。これに対 して、靴専門店の中に“値段が高すぎる”そんなに出したら靴が1足買えるではないか”という否定的な意見が圧倒的に多い。何とまぁ、 ナンセンスなことだろう。お客は本物志向で欲しがっているのに、そんなものはやめて安いものを買っときなさいと言ってるのと同じで ある。実にプアーな発想ではないか。経営コンサルタントの先生方が“今の靴店の3分の2、少なく見ても2分の1は消滅する”という 警告も、まんざら誇張ではないような気さえしますね。

<  そのシュー・ツリー、わが国でいつ頃から売られていたか知っていますか? 若い人は多分知らないだろう な。年の功でオジさんが教えてあげましょう。私の生まれる前の遠い昔のことはともかく、昭和30年代の前半までは確かに売場に出て いたはず。合成底が大量生産される以前の革底時代です。

<  そう、革底とシュー・ツリーには密接な関係がある。水分を吸った革底は、脱いだ後も爪先がピンと立って 船のような形をしておる。革がくたびれてアゴを出している状態と言って良い。そこで主人は、ウヌ、ダメダメと叱るか、優しくお疲れ さんと言うか知らないけれど、シュー・ツリーをバッチリ装着する――まさに靴に正しい生き方を教える道具(ギア)なのである。

<  いや、そういう実用的な効能だけじゃない。やっぱり気分じゃないですか。さて外出という時、シューボッ クスから濃厚なトラッドシューズを取り出し、アゴヒゲあたりをなでながら、ウムといった感じでシュー・ツリーに手を……こういうド ラマチックな気分は、なかなかのもの。しゃきっとして思わず背筋が伸びるでしょう。だから、こだわり派には値段のことなど余計なこ とを心配せずにプラスチック製のキーパーではなく、胸を張ってシュー・ツリーをすすめたい。

<  マスプロの合成靴のおかげで、われわれは安くて、丈夫な靴をはけるようになった。けれども、そのために 革底本格仕立ての靴の味を忘れてしまった。その良さを、今、消費者が求めているのである。シュー・ツリーを手に取って、そういうこ とをジックリ考え直すのも専門店として大変に意義のあることのように思われます。



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アニリンクリーム Let's シューケア <第9回>
〜ブリッ子業界〜

<  本誌7月号に「シューケア特集」があった。編集部の鋭い指摘がいくつもあり、関係者でドキッとしたのは私 だけではないでしょう。

<  例えば、国産品と輸入品クリームの比較。国産品は表面が鏡のようにピカピカなのに、輸入品はドロッと流し 込んだまま−−これを“どうでも良いこと”“国民性の違い“と論評してあった。確かにその通り、でもなぜか気になるのが日本人。

<  業者の立場から言えば、これは実にやっかいな国民性なのである。国産品の場合、ビン詰めの時の具合かどう か、時に表面がピカピカでなかったり、キャップの裏ぶたに少しばかりクリームがついていたら、それでもう“不良品”となって返品対象 になってしまうのですから。輸入品では、ピカピカどころか、クリームがビンの中で大きく片寄っているものさえあります。

<  かく言う私も、数年前に輸入先である英国のクリームメーカーに、要望を送りつけたことがあった。表面仕上 げについてはイの一番に書いたものだ。ところが返事は冷ややかにも「改良するつもりは全くない。なぜ、そう(ピカピカに)せねばなら ないのか理解できない」。

<  たったこれだけである。何とヤル気のない会社か、と思いましたね。

<  しかし、冷静に考えてみると先方の言い分は十分に筋が通っている。表面が美しいかどうか――それが靴クリ ームの効能とどんな関係があるのかということ。その主張の裏には、品質に対する絶対の自信がうかがえます。

<  本質よりも見掛けにこだわるのは、日本人の癖なのかも知れませんね。

<  似たようなことが、靴クリームの色展開についても言えます。メーカー各社が色数を競い合うようにして 60〜80色もの色を出している。果たして、そんなに色が沢山必要なのでしょうか。ベージュ、アイボリー、グレー系などの淡い色は見 掛けほど色は着かない、というよりほとんど着かないと言ってよい(着色クリームは別)。この無色に近い色にまで神経を使って、色数を 増やすのは、消費者の希望なのか、メーカーの政策なのかよく分からないけれども、これでもまだ足りないからと、色ぞろえに振り回され てる結果になっています。これでは顧客サービルどころか、流通在庫がやたらと増えて、商品回転は落ちるばかりで、色交換や返品はうな ぎ上りとなるのも当然でしょう。

<  着色性の弱い一般のクリームの場合、靴に近い色(薄めの色)で十分なのです。なのに、微妙な色にこだわり、 その差を埋めようとするのは、消費者にも間違った先入観を与えてしまい、「少しくらい差があっても大丈夫です」という販売員の説明も 成り立たなくなってしまいます。

<  英国メーカーが、私の要望をいとも簡単にはねつけた職人のような頑固さと合理性を、見直してもいいように 思います。



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Let's シューケア <第10回>
〜ソフトレザー万歳〜

<  ソフトレザーの靴が多くなった。スニーカー世代の広がりや、痛い靴を敬遠する風潮から見ても、この傾向は うなずける。手袋に多用されているナッパ(シープ革)を靴素材として使うケースも目立ってきた。

<  一般にナッパやソフトレザーはシミになりやすい上に、アニリン染料や水性塗料で色付けされているものが高 級靴として出回っている。シュー・ケアでは、特に淡い色が問題である。

  ある靴メーカーはナッパ素材の手入れ法を大きなカードに記し、店頭に出していた。ただ、どの靴がナッパな のか消費者には分からないのが残念でした。それでも一歩前進には違いない。

  このシューカードで感心したことが一つある。シミについての記述――「一般のシミはその部分を指先で強く 伸ばすようにすれば……云々」とある。早速やってみた。ナルホド消えます。これは革の繊維組織を押し広げることによって、黒ずんだシ ミが白っぽく散って見えるようになるのである。

  ちょうどプラスチックの下敷きを折り曲げた時、曲がった部分が白く見えますね、アレです。革は指先でこす ったくらいでは、駄目になりません。このアイデアを知人に話したら「アンタ知らなかったのか」。知らぬは自分ばかりなり?……恥をか いてしまいました。ともかく、面白い知恵ですね。

  このほか、記してあったことは、靴クリームやクリーナーを使用しないこと、汚れは消しゴムで、雨の日は防 水スプレーを、とある。自社製品の手入れ法に細かい配慮が行き届いていて素晴らしい。

  とは言うものの、これではちょっと消極的で物足りない。靴クリームやクリーナーを敬遠したこのメーカーは、 それらによる二次災害=シミを心配したためでしょうが、皮革に栄養を与えなければ、人の皮膚と同じで老化の一途をたどり、せっかくの ソフトな素材感も消滅してしまいます。

  これからが私の出番。ナッパやソフトレザー専用のコンディショニング・クリーナーを捜したら、ありました。 「woly・ソフトナッパ」がそれ。使用時に多少、色が濃くなることがあるが問題ありません。小売価格は1500円。待たれていた新 製品と言っても大げさじゃないと思います。

  これだけじゃ物足りない方には、「メルトニアン・デリケートクリーム」との併用をおすすめしてはどうだろ う。この商品については、4月号で紹介済み。読み返してください。

  いずれを使う場合も、靴の汚れやホコリを取り払うことが大切。汚れ、ホコリがシミのもとになるのです。泥 はきれいな濡れタオルを固く絞って軽く拭き取り、クリームを塗る。その後で、防水スプレーをシューッとやれば、この秋、ソフトレザー は万歳です。



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Let's シューケア <最終回>
〜シューケアと専門店〜

  スエードの季節がやってきた。ウインドーを鮮やかな秋の新色が引き立てています。そこでスエード手入れのポ イントを復習してみましょう。

  通常の手入れは、ブラッシングだけでOK。水分を吸いやすいので、雨の日などは防水スプレーを。これには ホコリ、汚れが付きにくくなるという効果もあります。注意したいのは、濡れた靴、湿った靴にスプレーしても効果が低いこと。また、スプ レーの後も、完全に乾いてからのほうが効果が高いことは知っておきたいもの。色落ちしたら着色スプレーを。

  スエードの手入れとして一般的に言われるのはこのくらいまでで、要するに「なるべく汚さないように、ブラシ はマメに」という接客が多いようです。しかし、意に反して汚れてしまうのが靴。そんな時、勧めてもらいたいのが英国「メルトニアン」ス エードシャンプー、上代1500円。これは泡状クリーナーでスエード、ベロア革の靴専用の洗剤。布製にも使用できます。

  <使用法>
(1)表面のゴミやホコリをとりのぞき、水を含ませたスポンジで表面を軽く湿らせる。
(2)缶をよく振って、湿ったスポンジや布に泡状クリーナーをとりダシ、手早くこする。
(3)スポンジを一旦、きれいな水ですすいで固く絞り、汚れた泡をぬぐいとる。
(4)風通しの良いところで陰干し、乾いたらブラシや専用スポンジ(英国製「スプラッシュ・ブラシ」上代500円)で毛足を整える。

  さて、私のつたないこの連載も今回が最終回。連載の間、一般雑誌に靴の手入れ法が次々に掲載されたのにはビッ クリしました。それほど、シューケア情報が欲しがられている――ということは裏返せば、専門店が情報提供を怠ってきたからでしょう。

  本誌にこんなおしゃべりを書くきっかけをつくって下さったアパレルブティックFは、「靴を扱い始めた時、何 軒かの靴専門店に手入れ法を伺ったが、満足な回答が得られなかった。これには驚きました」と語っています。このF店は、今では顧客対象 の販促イベントの中に「シューケア特集」を加えているほどです。

  また、青山の某ブティックのT店長は輸入シューケア用品に貼りつけてある日本語の説明が不要だと言う。日本 文が横文字ムードをこわす……という他に「これだけ親切に説明文がついていると、ボクらのトークが要らなくなる。ボクらは、この商品に ついてお客様とおしゃべりしたいんです」。この店では、そのために扱い商品を全部、自分達で試してマスターしています。

<  以上紹介した2店の話は、シューケアに対して非常に筋を通しているものの、靴専門店から見ると“特殊”な ケースになっています。消費者のため…なんて格好いいことは言いません。お店のために、もう一度、靴専門の原点に還ってシューケアに注 目してほしいと思います。

<  下手な連載を長い間、ご愛読いただきありがとうございました。また何かの機会でお会いしましょう。


by yoshio yasutomi
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